原発事故被災動物と環境研究会

RESEARCH PAPER学術論文

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2022年

The effect of exposure on cattle thyroid after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident
Horikami, D., Sayama N., Sasaki, J., Kusuno, H., Matsuzaki, H., Hayashi A., Nakamura, T., Satoh, H., Natsuhori, M., Okada, K., Ito, N., Sato, I., Murata, T. Scientific Reports 12: 21754 (2022)

福島第一原子力発電所事故による被曝が牛の甲状腺に与える影響
原子力発電所の事故は,ヨウ素の放射性同位元素によって甲状腺がんのリスクを高める可能性がある。本研究では,福島第一原子力発電所の近くの牧場で飼育されている牛の甲状腺の総被曝量と甲状腺機能への影響を評価した。2016年10月までの推定外部被曝線量は1416mGy,131I,134Cs,137Csの内部被曝線量はそれぞれ85,8.8,9.7mGyであった。被曝牛の甲状腺は比較的小さく,含有している安定体ヨウ素の量も減少していたが,病理学的な所見は認められなかった。対照群に比べ,事故前生まれの被曝牛は血漿甲状腺刺激ホルモン(TSH)濃度が高く,事故後生まれの被曝牛は血漿サイロキシン(T4)が高かったことから,被曝牛は甲状腺の活性化がやや進んでいることが示唆された。また,下垂体前葉由来のホルモンの一つであるコルチゾールも被曝牛の方が高値であった。しかし,個々の牛でみると,推定された被曝線量と甲状腺の変化との間に相関は認められなかった。

2020年

Assessments of DNA damage and radiation exposure dose in cattle living in the contaminated area caused by the Fukushima nuclear accident
Sato, I., Sasaki, j., Satoh, H., Natsuhori, M., Murata, T., Okada, K. Bulletin of Environmental Contamination and Toxicology 105: 496-501 (2020)

原発事故の汚染地域で暮らしている牛のDNA損傷と被曝線量の評価
福島の野生生物において奇形や血球数低下などの様々な異常が報告されているが,放射線被曝との因果関係は明らかではない。そこで本研究では,放射線障害の根本的原因であるDNA損傷が生じているか否かを,汚染地域で暮らす牛を用いて検証した。2016年と2018年に,帰還困難区域内の牧場で飼育されている黒毛和種牛から血液を採取し,血清8-OHdG,白血球コメット法および赤血球小核試験によってDNA損傷を評価した。また,血中放射性セシウム濃度と牧場の空間線量から,これらの牛の被曝線量を評価した。サンプリング時の牛の被曝線量率は10~16μGy/h,累積線量は約1Gyで,その9割以上が外部被曝であった。DNA損傷は,今回用いた3つの手法のいずれにおいても認められなかった。DNA損傷は確率的影響であるため,その発生を否定することはできないものの,線量率があまり高くないために細胞が持つ修復機構によって随時修復され,対照群との差が見られるほどには蓄積しないと考えられた。

2019年

Decreased blood cell counts were not observed in cattle living in the "difficult-to-return zone" of the Fukushima nuclear accident.
Sato, I., Sasaki, J., Satoh, H., Deguchi, Y., Chida, H., Natsuhori, M., Otani, K., Okada, K.  Animal Science Journal 90: 128-134 (2019)

帰還困難区域で生きている牛に血球数の減少は見られない
白血球,特にリンパ球は放射線に対して感受性が高く,被曝影響評価の指標として有用である。本研究では帰還困難区域内の3つの農場で生息している牛の血球数を1年4ヶ月にわたって繰り返し測定し,事故の影響を受けていない2つの対照群と比較した。対照群の血球数はほとんどの個体で正常範囲にあったが,赤血球数,白血球数ともに2つの対照群の間で有意差が認められた。調査対象牛の血球数は同一農場内であってもサンプリングの時期によって変動し,時によって一方の対照群より高かったり低かったりしたこともあったが,総合的に判断して帰還困難区域の牛に血球数の減少あるいは血球数が異常に少ない個体の増加は認められなかった。対象農場のうち最も汚染レベルが高い農場での牛の累積被曝線量は500-1000 mSv程度と推定され,白血球減少の閾値を超えていた。しかし,線量率は高くても数十μSv/h程度であったため,被曝によって生じた損傷は随時修復され,確定的影響を引き起こすほどには蓄積しなかったと考えられる。


Effects of treatment time and thickness of meat on the removal of radioactive cesium from beef slices by boiling and water extraction
Sato, I., Sasaki, J., Satoh, H., Okada, K. Journal of Food Protection 82: 623-627 (2019)

調理による牛肉からの放射性セシウム除去に対する肉厚と処理時間の影響
放射性セシウムで汚染された牛肉に対する茹で処理の除染効果は,牛肉の厚さと処理時間に強く依存し,50%の除染に要する時間は,厚さ1,2,4および10mmの牛肉でそれぞれ0.25,0.89,2.0および20分であった。一方浸水処理の効果は弱く,厚さ2,4および10mmの50%除染時間はそれぞれ6.8,24および187分であった。一旦塩漬け(塩分15%)した牛肉を浸水した場合も効果はほとんど変わらなかった。これらの結果から,除染効果は概ね処理時間の対数に比例し,牛肉の厚さの2乗に反比例すること,ならびに茹で処理は浸水処理より約10倍効果的であることが明らかとなった。


Comparison of urine and blood as a convenient and practical sample for estimating the contamination level of live cattle with radioactive cesium
Sato, I., Sasaki, j., Satoh, H., Natsuhori, M., Murata, T., Okada, K. Animal Science Journal 90: 1090-1095 (2019)

牛の放射能汚染レベルを推定するための実用的サンプルとしての尿と血液の比較
生きている牛の筋肉中放射性セシウム濃度を評価する試料として,尿と血液のいずれが優れているかを比較検討した。筋肉中放射性セシウムの最確値は血中濃度の21倍であり,推定誤差(SD)は28%であった。この誤差とCs-134の寄与を考慮しても,血中Cs-137濃度が2Bq/kg以下であれば筋肉中の放射性セシウム濃度(134+137)が100 Bq/kgを超えることはないと考えられた。血中Cs-137濃度は,我々が以前提案した尿を用いた方法によって正確に推定できた。尿から血液,血液から筋肉と2段階でCs-137濃度を推定した場合の誤差は33%であり,血液から直接推定した際の誤差と大きくは変わらなかった。一方,1本のシリンジで採血できる最大量は50 mLであるのに対して,尿は1,000 mL採取することも容易である。50 mLの血液を測定することによって牛が基準値を超過していないことを確認するためには360分以上必要であったが,1,000 mLの尿を使えば測定時間は20分で十分であった。その上尿は農家自身が採取できるが,採血は獣医師に依頼しなければならない。以上のことから,生きている牛の放射性セシウム汚染レベルを評価する試料として,尿は血液よりも優れていると結論した。


Pathological characteristics of thyroid glands from Japanese Black Cattle living in the restricted area of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident
Sasaki, J., Uehara, M., Sato, I., Satoh, H., Deguchi, Y., Chida, H., Natsuhori, M., Murata, T., Ochiai, K., Otani, K., Okada, K., Ito, N.  Animal Science Journal 90: 1333-1339 (2019)

福島県の帰還困難区域で飼育されている黒毛和種牛の甲状腺における病理学的特徴
福島県の帰還困難区域における4カ所の牧場で飼育・維持されている黒毛和種牛のうち,2013年から2017年の間に病理解剖を行った66例について甲状腺における被ばくの影響の有無を病理学的に検索した。被ばく牛には甲状腺疾患に関する臨床症状はみられなかったが,2カ所の牧場で甲状腺の過形成(甲状腺腫)3例と甲状腺の萎縮7例がそれぞれ認められた。腫大した甲状腺は正常な構造を維持しており,肉眼的および組織学的に悪性所見は認められなかった。甲状腺腫例の推定積算外部被ばく線量は,最大797mSv,最小24mSvであった。7例の甲状腺萎縮例も正常な構造を維持したまま全葉が萎縮し,組織学的に炎症性細胞浸潤や間質の線維化などはみられなかった。甲状腺萎縮例の推定積算外部被ばく線量は,最大589mSv,最小8mSvであった。ニトログアノシン抗体を用いた免疫組織化学的染色やTUNEL法によるアポトーシスの検出では陽性所見はみられず,今回検索した甲状腺には放射線被ばくの影響を示す病理所見は認められなかった。

2017年

Radioactive cesium and potassium in cattle living in the ‘zone in preparation for the lifting of the evacuation order’ of the Fukushima nuclear accident
Sato, I., Sasaki, J., Satoh, H., Murata, T., Otani, K., Okada, K.  Animal Science Journal 88: 1021-1026 (2017)

避難指示解除準備区域で飼育されている牛における放射性セシウムとカリウムの分布
福島第一原発事故による汚染地域での畜産業の復興とそこで生産される畜産物の安全確保を図るため、近い将来避難指示が解除される見込みの地域で飼育されている黒毛和牛の様々な組織で放射性セシウムとカリウムの濃度を測定した。骨格筋と腎臓の放射性セシウム濃度は相対的に高く,肝臓は低く,甲状腺はこの中間であった。カリウムの分布はセシウムと類似していたが同じではなく,筋肉に比べて肝臓ではカリウム濃度が相対的に高く,逆に腎臓ではセシウムが高めであった。尿中の放射性セシウム濃度は血液と相関しなかったが,尿中40K濃度で補正することにより血中濃度と比例するようになった。この区域で飼育されている牛の組織中放射性セシウム濃度はほとんどが100 Bq/kg未満であり,除染が完了したのちには畜産の再開が可能と考えられた。


Pathological findings of Japanese Black Cattle living in the restricted area of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident, 2013-2016.
Sasaki, J., Hiratani, K., Sato, I., Satoh, H., Deguchi, Y., Chida, H., Natsuhori, M., Murata, T., Ochiai, K., Otani, K., Okada, K., Ito, N. Animal Science Journal 88: 2084-2089 (2017)

福島県帰還困難区域で飼育されている黒毛和種牛の病理所見(2013-2016)
福島県帰還困難区域の4カ所の牧場で飼育されていた黒毛和種牛241頭のうち,2013年から2016年の間に病理解剖を行った51例を調査した。牛白血病ウイルスが原因の地方病性牛白血病(EBL)が9例(3.7%),甲状腺の過形成(甲状腺腫)が3例(1.2%)で認められた。全ての症例で放射線被ばくの影響を示す病理学的な所見は認められなかった。EBL発症牛のうち,1例当たりの推定積算被ばく線量は最大1,200mSv,最小72mSvであった。臨床的に5例が歩様異常または起立困難を示し,3例では眼球突出が認められた。肉眼的にリンパ節の腫瘍化,心臓や第四胃壁,脂肪組織への腫瘍浸潤・腫瘤形成などがみられ,組織学的には心臓や第四胃壁,リンパ節などで異型リンパ球の浸潤・増殖がみられた。甲状腺の過形成がみられた3例はいずれも非腫瘍性疾患である甲状腺腫と診断され,甲状腺癌などの悪性所見は認められなかった。


A method for estimating radioactive cesium concentrations in cattle blood using urine samples
Sato I., Yamagishi R., Sasaki J., Satoh H., Miura K., Kikuchi K., Otani K., Okada K. Animal Science Journal 88: 2100-2106 (2017)

尿を用いた牛の血液中放射性セシウム濃度推定法
牛の尿中セシウム濃度と血中セシウム濃度との相関は低く,尿による生体汚染評価は困難であった。そこで,尿中セシウム濃度を尿中の各種パラメーターで補正することにより,尿による血中放射性セシウム濃度の推定法を開発した。パラメーターとして,ナトリウム,カリウム,カルシウム,クレアチニン,pH,導電率,比重について検討した結果,補正因子としてカリウム,クレアチニン,導電率および比重が有効であった。推定精度と簡便さを考慮すると比重による補正が最も有効で,その推定式は以下の通りである。 血中Cs=尿中Cs / (比重-1) / 329 これにより,補正前の平均誤差率54.2%が16.9%に改善された。尿は血液よりも放射性セシウム濃度が高くかつ大量採取が容易なことから,本法よる生体汚染評価は有用であると考えられる。

2016年

Distribution of radioactive cesium and its seasonal variations in cattle living in the “difficult-to-return zone” of the Fukushima nuclear accident
Sato, I., Sasaki, J., Satoh, H., Deguchi, Y., Otani, K., Okada, K.  Animal Science Journal 87: 607-611 (2016)

福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域で生息していた牛における放射性セシウムの分布とその季節変動
帰還困難区域に指定されている地域で生息していた黒毛和牛の組織中放射性セシウム濃度を,2014年5月と12月に測定した。骨格筋各部位の平均セシウム濃度は3,900~5,500 Bq/kgで,5月と12月では有意な差はなかった。サーロイン,ヒレおよびモモのセシウム濃度は,放射能汚染検査で一般的に使われているネックよりも高値であり,一部の食肉処理場で検査に使われている頚長筋のセシウム濃度はネックと同等であった。筋肉に対する内臓の相対セシウム濃度は12月に比べ5月の方が高かった。また,血液と他の組織のセシウム濃度には高い相関が認められたものの,筋肉:血液比は5月よりも12月で高かった。調査に用いた牛は晩秋から春にかけて非汚染飼料を給与されているため,ここで見られた分布の季節変動はサンプリング時の曝露状況の違い(汚染の上昇期または下降期)によるものと考えられる。


Local variation of soil contamination with radioactive cesium at a farm in Fukushima
Sato, I., Natsuhori, M., Sasaki, J., Satoh, H., Murata, T., Nakamura, T., Otani, K., Okada, K. Japanese Journal of Veterinary Research 64: 95-99 (2016)

福島県の農場における土壌の放射性セシウム汚染の局所的ばらつき
土壌の放射性セシウム汚染の局所的なばらつきの大きさを評価するため,福島県内のある農場において,土壌の放射性セシウム濃度を27区画各5ポイントで測定するとともに,土壌の表面線量を10区画各13ポイントで測定した。土壌の汚染レベルはサンプリングポイントによって大きく異なった。土壌中セシウム濃度の各区画5ポイントの平均値は3.5~15.7 MBq/m2で,各区画における変動係数および最大最小値比の平均はそれぞれ49%と4.9に達した。一方,地表面線量は半径1mの狭い範囲でも大きく変動し,平均変動係数は20%,各区画における最大最小値比は最高で3.0に達した。これらの結果は,少数のサンプルによる土壌汚染の正確な評価が困難であり、土壌汚染の僅かな変化や差を検出することが困難であることを示している。

2015年

Distribution of radioactive cesium and stable cesium in cattle kept on a highly contaminated area of Fukushima nuclear accident
Sato, I., Okada, K., Sasaki, J., Chida, H., Satoh, H., Miura, K., Kikuchi, K., Otani, K., Sato, S.  Animal Science Journal 86: 716-720 (2015)

福島第一原子力発電所事故による高度汚染地域で飼育されていた牛における放射性セシウムと安定体セシウムの分布
福島第一原子力発電所事故による高度汚染地帯で飼育されていた19頭の牛を用いて,様々な組織中の放射性セシウムおよび安定体セシウムを測定した。骨格筋における放射性セシウム濃度は内臓よりも概ね1.5~3倍高く,ヒレ肉とモモ肉の放射性セシウム濃度は頚部筋肉の約1.2倍であった。内臓では腎臓のセシウム濃度が最も高く,肝臓が最も低かった。また,血中の放射性セシウム濃度は頚部筋肉の約8%であった。一方,体内の安定体セシウム濃度は概ね5〜20μg/kgであった。その分布は放射性セシウムとほとんど同じで,各個体における放射性セシウム濃度と安定体セシウム濃度の相関は0.981±0.012であった。また,汚染レベルは個体によって異なったものの,放射性セシウムと安定体セシウムの濃度比はほぼ一定であった。

2013年

Distribution of radioactive cesium in edible parts of cattle
Okada,K., Sato, I., Deguchi, Y., Morita, S., Yasue, T., Yayota, M., Takeda, K., Sato, S.  Animal Science Journal 84: 798-801 (2013)

牛の可食部における放射性セシウムの分布
福島第一原発事故により一般食品の放射性セシウムの基準が100 Bq/kgと定められ,多くの食品で検査が行われている。牛の検査は主に頚部の筋肉(ネック)を用いて行われているが,ネックよりも放射性セシウム濃度が高い部位があれば,検査で合格しても基準を超過した牛肉が流通するおそれがある。今回この検査の妥当性を評価するため,牛の様々な可食部の放射性セシウム濃度を測定した。バラ,サガリ,肝臓,肺,三胃,四胃および小腸ではネックよりも低く,心臓,腎臓,一胃,二胃ではネックと概ね同等であった。しかし,サーロイン,ヒレ,モモ,およびタンの放射性セシウム濃度はネックよりも有意に高く,ネックに対する相対濃度の95%許容限界は最大で1.88に達した。このことから,基準値を超過する牛肉を流通させないためには,ネックでの検査で50Bq/kgを超えた場合はモモなどで再検査することが望ましい。