原発事故被災動物と環境研究会

MESSAGEメッセージ

トップページ > メッセージ

東日本大震災から11年目を迎えて


 2011年3月11日14時46分頃、私は北里大学獣医学部長として卒業祝賀会場でちょうど祝辞を終えて壇上から降りようとしていた時、非常に大きい揺れに襲われ会場は騒然となりました。いわゆる東北地方太平洋沖地震です。直ぐに停電し、停電は十和田市では2日くらい続いたので、テレビはもちろんのこと、インターネット接続や内線電話、翌日には携帯電話接続も止まり、外部との連絡は学内の電話機2台と衛星電話1台のみで、それも自動車のバッテリーを使っての接続でした。そのような状況で大津波が東北地方沿岸を襲ったことを私が知ったのは夕方頃になってからでした。
 灯油ストーブも電気がなければ起動せず、もちろん電磁調理器は使えず、信号機も消え、電気にどっぷりと浸かった私たちの生活の実態に、改めて気づかされたのでした。ところがその電気を作ってくれる福島第一原発では、地震翌日の12日6時頃には核燃料がメルトダウンに至っていたらしく、何日もしないで大量の放射性物質が主に東日本を広く汚染するに至ったことはご存じの通りです。11年経過した今になっても風評被害は続いており、福島県産の肉や果物などは他の産地よりも価格が低い状況が続いています。
 福島県浜通り地方は農業が盛んで、畜産業も古くから営まれており、優良な黒毛和牛や豚の改良・飼育が行われていたことが多くの悲劇にもつながりました。福島第一原発から20km内を警戒区域と定め、当時の政府は圏内の家畜を全て安楽死処分とする方針を示したのです。浜通り地方の農家では、非常に古くから牛や馬を家族のように飼育し活用していた歴史もあって、“役に立てないで無駄に殺す”ことに強い抵抗を感じた方々が多かったのです。それでもやむなく従った人は多かったのですが、いまでも牛の飼育を続けている農家さんたちがいらっしゃいます。
 本研究会は、多くの方からご支援をいただき、被災した畜産農家や地元獣医師と協力して、残された牛の健康調査を続けながら各種の研究を行ってきました。しかし、長い時間の経過とともに、またCovid-19に関連して私たちの広報活動の一環 であるシンポジウム開催が2年間行われなかったことも原因の一つと思われますが、篤志家からのご支援が少なくなっております。比較的低線量の外部被ばくと内部被ばくを10年以上にわたって受けた世界的にも希少な牛群を維持できるよう、資金調達のためにクラウドファンディングを企画することになりました。皆様のご支援を心よりお願い申し上げます。

代表理事 伊藤伸彦